ヘビーガン重装攻撃型

提供: ガンダムWiki
2024年10月25日 (金) 23:48時点におけるTomo (トーク | 投稿記録)による版 (→‎概要)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
ナビゲーションに移動 検索に移動
ヘビーガン重装攻撃型
外国語表記 Heavy Gun Option Weapon Pack
別表記
  • ヘビーガンパワードウェポンタイプ
  • ヘビーガンフル装備
登場作品
  • F91-MSV
  • 機動戦士ガンダム シルエットフォーミュラ91(小説版)
  • 機動戦士ガンダムF90FF
  • デザイナー 大河原邦男
    テンプレートを表示
    スペック
    分類 汎用量産型モビルスーツ
    型式番号 RGM-109Bf
    頭頂高 15.8m
    主動力 熱核融合炉
    ジェネレーター出力 2,870kW
    スラスター総推力 82,260kg
    装甲材質 ガンダリウム合金
    開発組織
    所属 地球連邦軍
    主なパイロット
    テンプレートを表示

    概要[編集 | ソースを編集]

    ヘビーガンの武装強化型。資料によっては「フル装備」「ハワードウェポンタイプ」とも呼称される。

    ヘビーガンの運用においては実戦部隊から様々な欠陥が指摘されており、その一つとして攻撃力の低さが挙げられた。主兵装であるビーム・ライフルおよびビーム・サーベルの攻撃力はジェガンと同等と評価されていたが、腰部の自己推進型ハンドグレネード8発だけでは対艦・対基地攻撃能力が十分とは言えず、ノーマルタイプのジェガンはともかく、スタークジェガンやメガ・ランチャーを搭載したリゼルの代替機たり得ないことは明白であった[1]

    アナハイム・エレクトロニクス社はこれに対し、両肩のオプションウェポンラックに増加兵装を搭載し、バックパックを換装することで多様とに対応するジェガンD型と同様のコンセプトを計画していたが、ATMSコンペティションにおけるガンダムF90の勝利が軍部の要求を大きく肥大させ、Fシリーズ同様のハードポイントシステムの搭載による抜本的性能改善が求められた。フォーミュラ計画の第二次構想に位置づけられた同プロジェクトはサナリィの地球本社主導で進行することになる[2]。この事実はアナハイムのプライドを傷つけることになったが、プロジェクトにはグラナダ事業部のスタッフも多く参加し、そこで得られたノウハウは後のシルエットフォーミュラプロジェクトに反映されたと見られている。また、サナリィ側もこの再設計の過程で少なからぬ知見を獲得し、それらはF8シリーズの開発及びGキャノン パワードウェポンタイプに反映された。

    サナリィによって換装されたヘビーガンはB型に分類され、そのフル装備状態であるパワードウェポン形態はさらにf型(フルアームドの意)というサブタイプを与えられ、全体的に中距離攻撃力の向上を図った同機は、超長距離狙撃に特化した長距離支援用Gキャノンや、一点豪華主義の簡易ヴェスバーを搭載したハーディガンとは異なった有視界戦闘における火力投射に優れた機体となった。反面、ムーバブルフレームこそ重火器の増設に対応して強化されているものの、ジェネレーターや推進器は原型機から変化しておらず、ビーム兵器の同時使用にはかなりの制限がかかっており、ビーム・サーベルはオプション装備とされた。また、総質量の増大による運動性の低下も見落とせず、各火器は使用後に切り離して質量軽減を図るとされていたものの、ガンダムF90-BタイプDタイプほどの柔軟な運用は不可能であり、瞬間投射火力についてはこれらにも比肩しうると評価出来るものの、劣悪な運動性とピーキーな操縦性から熟練パイロットを必要とする機体であると評価されている。

    同機は宇宙世紀0115年8月にロールアウトし、試作2号機がファステスト・フォーミュラに引き渡され実戦テストが行われた。同12月2日のMSA-120戦を皮切りに、ミズマ・ムエルテをメインパイロットとした同機はFF隊の一翼を担い、性能的にはF90やGキャノンに見劣りするものでありながら高い戦果を挙げた。しかし、Bf型は大規模な採用には至ってはおらず、強化人間をパイロットにしたことによる戦果が異常なものであるが故に参考にされなかったとも、攻撃機としてはF80やハーディガンの大火力がより評価された結果であるとも言われている。

    開発当時は決して評価された機体ではなく、正規軍での就役も数十機にとどまったが、後に老朽化したヘビーガンが払い下げられるにあたり、近代化改修の一環として少なからぬ機体がBfタイプへの改装を実行しており、様々なサイドで戦闘攻撃機としての運用がなされている。

    登場作品と操縦者[編集 | ソースを編集]

    F91-MSV
    出典元。
    機動戦士ガンダム シルエットフォーミュラ91
    小説版で306部隊の副長であるドーフマンが搭乗。
    機動戦士ガンダムF90FF
    第25話でテスト用にファステスト・フォーミュラに配備された試作2号機にディル・ライダーが搭乗。MSA-120に対してパージを活用した戦術で渡り合うが、ディルの操縦技術にヘビーガン自体が追いついておらず、辛うじて善戦した程度に終わっている。その後、116年に再編されたファステスト・フォーミュラに再配備され、ミズマ・ムエルテの乗機として運用された。
    月刊モビルマシーン
    VOLUME 25にて機体解説が行われた。型式番号が「RGM-109Bf」に改められ、開発経緯や運用状況など設定の深い掘り下げが行われている。

    装備・機能[編集 | ソースを編集]

    特殊機能[編集 | ソースを編集]

    換装
    ハードポイントを介し、追加オプション兵装の換装が可能。肩部・腕部のハードポイント用兵装は入れ替えでき、オプション兵装も状況に応じてパージし、デッドウェイト化を回避出来るが、F90ほどの柔軟な運用は不可能とされる。

    武装・必殺攻撃[編集 | ソースを編集]

    ヘビーガン本体側[編集 | ソースを編集]

    頭部バルカン砲
    頭部に左右一対2門内蔵されている機関砲。
    ハンドグレネード
    両腰に各4発装備。
    ビーム・ライフル
    通常のヘビーガンと同じビーム・ライフル。
    ビーム・サーベル
    通常のヘビーガンと同じビーム・サーベル。ただし、ビーム兵器の同時使用には制限がかかるため、オプション装備とされている。

    オプション装備側[編集 | ソースを編集]

    9連装ミサイル・ポッド(9連装マルチランチャー)
    右肩部ハードポイントに装着されているミサイルポッド。弾種は多弾頭ロケットまたは地対地ミサイルを選択可能。試作1号機は8連装のものが装備されていた。
    4連ツインマシン・キャノン
    左肩部ハードポイントに二門搭載されている90mm4連マシン・キャノン。Gキャノンの4連マシンキャノンをダウンサイジングしたもので、弾丸は高貫通力を誇るAPFSDを使用。右肩にも搭載が可能だが、四門同時装備はトップヘビー過ぎて実用性は高くなかったとされる。
    グレネードランチャー
    右前腕部に装備されている二連装グレネード発射機。弾頭は専用の対艦大型貫通弾の他、腰部小型グレネード及びハーディガン用大型グレネードを使用出来る。
    2連装電磁レールガン
    左腕部シールドユニットにマウントされたレールガン。ダブル・ビーム・ライフルとは砲身のカバーが共通であることから、外観でいずれが装備されているかを見分けることは困難である。これは、ミノフスキー粒子散布下において敵機がCGアナライズを行うことを阻害する意図があっての設計となる。
    ダブル・ビーム・ライフル
    左腕部シールドユニットにマウント可能なビーム・ライフル。外観は電磁レールガンと同様だが、センサーの色が異なり、ダブル・ビーム・ライフルのものは青、レールガンは緑となっている。シールドユニットは左右腕部に同時装備が可能だが、出力上使用に大きな制約が課せられる。
    ショート・ビーム・ランチャー
    F90Aタイプのメガビームバズーカをダウンサイジングした火砲。発射可能回数は少ない命中箇所によっては戦艦を一撃で破壊出来る高い威力を有する。非使用時には腰後部のウェポンラックにマウントされ、同部位は大型Eパックの充電用に出力を向上させたものになっている。

    対決・名場面[編集 | ソースを編集]

    関連機体[編集 | ソースを編集]

    ヘビーガン
    素体。
    Gキャノン
    一部兵装の基になる武装を持つ機体。
    ハーディガン
    ハードポイントに互換性があるため、パワードウェポンタイプの装備を使用可能。

    リンク[編集 | ソースを編集]

    脚注[編集 | ソースを編集]

    1. 当時の連邦軍の戦闘教義はMSによる対MS戦闘はほぼ想定しておらず、コロニー保護の見地からもビーム・ライフルの使用は極力回避するよう唱えられており、グレネードについてもコロニーの外装を破壊しない程度の威力に抑えられているため、ヘビーガンの低火力は想定どおりのものであるが、用兵側はそれに納得していなかった。
    2. アナハイム側はヘビーガンの強化計画を自社内部で進行させたいという思惑があったが、安全保障会議はサナリィの火器管制システムについての知見を高く評価し、アナハイムとは別のアプローチを求めていた。